ラジオ男
狭い店内(p108)を埋めつくす中古オーディオの山。
それを縫うように、ひとひとりがやっと通れるかどうかの細道が通じているが、
熱心に中古レコードを漁っているおじさんより先に進むことはできない。
「Pardon」
そのむこうからムッシューがレコード漁りおじさんを通り越して外へ出ようとしている。
私たちは通路をバックし、オーディオとオーディオの隙間に入り込んで、
なんとかムッシューを通してあげる。
細い通路の奥に机があり、メタルフレームの男が機械いじりに熱中している。
レコード漁りおじさんを乗り越えてやっとそこまでたどりつくが、
店主らしきメタルフレーム男はまだ私たちに気付かない。
「すいません。ここなんの店ですか?」
「レコードとか、レコードプレーヤーとか、ラジオとか、中古品の店だよ」
レコード漁りおじさんが、4、5枚のレコードを手にしてやってくる。
メタルフレーム氏がレコードを受け取り、まじまじ調べたかと思うと、
「えーと、4枚だから15E」
安い! というか、すごいテキトー。
「私たち日本からきたジャーナリストなんですけど」
「あ、そうなの? じゃあ、すごいのを見せてあげるよ」
メタルフレームの奥の細い目がキラリと光る。
オーディオ山脈のその奥の渓谷まで体を伸ばしてなにか取り出そうと必死。
バラバラッ!
お腹に当たって中古シングルが床へ崩れ落ちる。とっさに私が拾おうとすると、
「ああ、いい、いい。そのままで。大丈夫だから」って、レコードに傷が入っちゃうのではないか?
床に散乱したレコードジャケットの一枚に思わず目がいく。
白い壁に寄りかかった黒人女性、その足下にもまたレコードが散らばっている。
昔のソウルのジャケと現実が奇妙にシンクロする。
「いやー、ははは、僕、スティービー・ワンダーとか大好きなのね」
変なところで照れるメタルフレーム氏。と思ったら、
「よいしょっ!」
突然、ぎっくり腰を患いそうになりながら重い機械を持ち上げる。
大きなラッパみたいなのが付いた蓄音機。
映画のなかとかではよく見かけるが、実物をこんなに近くで見るのははじめて。
メタルフレーム氏がまた山脈のなかをごそごそ。
「ちょっと待ってよ。えーと、あった、あった」
昔のレコード。材質も最近のプラスティックとはちょっとちがっている。
蓄音機にセットし、横にある針金の取っ手をいまにもぶっ壊れそうにまわす。
「これは1915年に作られた蓄音機」
ザーとかプツプツとか、いまでは滅多に聞かないレコードの雑音のきれぎれに、
むかしむかしのシャンソンの歌声が聞こえる。
レコードなんて当たり前のことなのに、すごく感動的だった。
音楽がレコードからCD、そしてMP3というただのデータになって、
こういう感動があったことをすっかり忘れていた。
「ここにあるものぜんぶちゃんと動くんだよ」メタルフレーム氏が胸を張る。
彼、ダヴィドは蚤の市で壊れたオーディオを買って自分で修理してここで売る。
もうほとんど失われそうになったものたちに命を吹き込み、
いまはめったにきくことのできなくなったその時代の音を「再生」するのだ。
ゴミの山脈がだんだん宝の山に見えてくる。
写真は古今東西レコードのまんなかの「ラベル」を集めたカレンダー