太陽の塔

projetdelundi2008-08-25

聖なるものを探してひとり関西を彷徨った。
大阪といえば通天閣太陽の塔だと思っていたのだが、大阪人にとってはそうではないようだ。
地下鉄の梅田駅で行き方を尋ねたら、
太陽の塔? あれもうなくなったんちゃうかな。なあ?」
「たしか取り壊されたはずやで」
この2人の駅員の頭のなかではすでに消去され、解体されていたのだった。
行ってみるとまだあった。こんな大きいものを忘れてしまうなんてどうかしている。
太陽の塔を実際に見てみるととても不機嫌そうな顔が腹のあたりについていて当惑した。そんなものがついているなんてはじめて気づいた。キンキラで馬鹿みたいな上のほうの顔はいままで太陽の塔に抱いていたイメージ通りだけど、実際には下にある恐い顔のほうがでかくて目立つ。
もうひとつ気づいたことがある。太陽の塔が十字架の形をしているということである。芸術作品を作ることは祈りなのだろうかと考えてみる。ある芸術家にとってはそれはあてはまらないし、ある芸術家にとってはそうだといえる。岡本太郎は後者ではないだろうか。それは彼が伝えるべきメッセージを持っていたからだと思う。
岡本太郎は自分ひとりの力で、この世界の進行方向を悪から善へと本気で変えようとしていたのではないだろうか。そのために太陽の塔はこの大きさを必要としたのである。というよりも、この大きさを持ってしても彼の祈りは世界から忘れ去られようとしているというべきだろうか。
岡本太郎ピカソについて語る番組があった。ピカソに会ったとき握手をしたら手のひらの大きさがまったく同じだったということをうれしそうに語っていた。岡本もピカソもぶ厚く皺の深い印象深い手をしていた。ふたりの手が重ねられたことがあるという記憶=イメージがわたしに祈りという言葉を想起させたのだろうか。そういえばピカソゲルニカも祈りとしてある。