邪宗門

projetdelundi2008-03-22

下北沢の喧噪を抜け茶沢通りを1キロばかリも南下したところに「北沢村」と呼ばれる一角がある。ときどき感じのいい雑貨店が現れる(nonsenseやfog)。でも、多数を占めるのはごく普通の古くさい商店と住宅であって、隠れ里みたいな雰囲気がある。
裏通りにある邪宗門森茉莉が毎日通っていた喫茶店
入口のドアをくぐってすぐ右のエアポケットのような日だまりの席はいまでも森茉莉専用シートとして直筆の原稿が飾られている。
森茉莉は毎日この席にパン持参でやってきてキープしておいたバターを塗りながらコーヒー一杯で一日中原稿を書いていたそうである。
やわらかい笑顔の持ち主であるマスターと奥さんは、森茉莉をはじめとして、常連であった萩原朔太郎ら文学者の思い出とともにこの店を往事のまま守っている。
コーヒーをいれるあいだにときおり顔を出してはわたしたちに作家のエピソードを語ってくれるのだった。話を聞いているといまにも森茉莉がドアを開けて顔を出してもおかしくないという気にさせられる。まるでこの店とマスター自身の体を借りて文豪たちはまだこの世に生き長らえているというごとく。
わたしが座ったのは森茉莉シートの横の萩原朔太郎&葉子シートであった。確かに木製のちいさなスツールは見た目から想像がつかないほどの吸引力を持っていて一度腰を据えてしまうとあまりの居心地のよさに立ち上がる気力が湧かない。シリコンの内張りのついた文具セットとそのはさみでもあるみたいに席にぴったり嵌り込んでしまう。
ガラスを通して差し込むあたたかな春の陽射しと視界をやさしく遮る落ち着いた色のレンガ壁のせいかもしれないとも思ってみるが、それでは説明がつかないほど魔力の仕業みたいにこころ安らかになり、そして少しだけ気分が持ち上がっている。