坂本屋

その店は四谷の鯛焼き若葉に行くときの目印だった。
四谷の駅から新宿通りを四谷三丁目方面にいってレトロな和菓子屋の角を左、と。
ところがそのうちこの和菓子屋のほうが気になってきた。
ビルばかりならんだ大通りに一見だけ木造の瓦屋根。カステラの並べられた木枠のガラスケース。
通るたびにカステラが食べたいカステラが食べたいとなって、いよいよ若葉にはいかずにカステラのほうを買うことにした。
「うちのカステラは赤ちゃんでも食べられるわよ。むかしながらの作り方だから。原材料は小麦粉、卵、砂糖に牛乳......以上」
食べてみるとたしかにその４つの味を足し合わせたようなシンプルでなつかしいカステラで、子供のころからの大好物である福砂屋のカステラにも似ていた。
森茉莉が「好きなもの」というテーマでこういう意味のことを書いていた。
「文明堂が東京にくる以前のカステラ」
たぶんこんな味のカステラのことなのだろうと想像している。