天亭

projetdelundi2008-07-15

天亭のご主人の話。きょうは長いので見出しを見て興味のあるところだけ読んでください。
(時期外れのさんまが安くておいしい)「うちは活けものだけを使うようにしてます(ガラスケースのなかでは海老が飛び跳ねている)。魚はすべて築地で仕入れる。最近は季節が変わってきて、以前は穴子の旬は夏だといってたけど、いまはそうでもない。だから旬にこだわらずいいものを仕入れるようにしてます。いまはさんまが6月や7月に獲れるでしょ。たくさん獲れても誰も食べたがらないから値段が安い。さんまっていうと9月になると食べたくなるけど、でも夏のさんまも脂がのってておいしいです」
(政府要人は裏口のない店に入れない)「お忍びで政治家の人がよくくる。でも、うちは裏口がないから政府の要職につくとこられなくなるんです。警備の関係があるから。この前もある要人のかたから電話がかかってきて『はやくあんたの天ぷらが食べたいよ』と言ってた」
(天ぷらは上のから食べよ)「テーブル席を予約するお客さんは話を邪魔されたくないんだろうから、なるべく店員がいかなくて済むように6本ぐらいまとめて出す。上から食べるようにそれを積み上げるんだけど、下にいくほど長めにしっかり揚げるように計算してる。時間が経ってからおいしく食べられるように。そしたらときどき下から食べるお客さんがいる。あれにはがっかりしちゃう(笑)。上はすぐ食べると思って揚げたのだから時間が経つともう駄目になってる。『おいしかったよ』っていっていくひとはだいたい順序よく食べたひと」
(本物のわさびは鼻に抜ける)「若いひとには食べ方をお教えすることもあります。いまの若いひとは天茶のわさびが駄目なひとがいる。本物のわさびはつーんと鼻に抜けるでしょ。あれが苦手だっていうんです。いまはチューブのわさびに慣れてるから、あれは胃のほうに辛さがくる。熱いうちにわさびを溶かすとさーっと香りが立って、とくにいま時分の暑いときなんてさっぱりしますよ」
(不況になって食べ方が変わった)「バブルがはじけてよかったなと思ったのはみんな大事に食べるようになったことです。バブルのころはみんななんて無駄な食べ方をするんだろうって思って見てた。いまはお金を貯めてときどき贅沢をしたいときにこういう店にくるようになったからみんな大事に食べるようになりました」
(アスパラは穂から食べよ)「自然の摂理っていうのはよくできてるんだよね。アスパラガスって土のなかから生えてくるでしょ。あれは頭のほうから食べるのがいちばんいいんです。噛むときの方向が繊維の方向と一致するからやわらかい感じがする。下(ねっこの側)から食べると繊維とぶつかるから筋張ってて硬くておいしくない。今度やってみてくださいよ。頭から食べたほうがおいしいから。家でアスパラ食べるときってだいたい切ってあるからどっちが頭かわかんない。硬くておいしくないと思ったらそれは下のほうから食べてるんです。竹の子やなんか土からでてくるものはぜんぶいっしょだよ。これはインプラントを研究している歯医者さんから教えてもらって気づいたんです」
(トウモロコシは焦げたほうがおいしい)「野菜の性質によって揚げる時間は変えます。ベビートウモロコシなんかは時間をかけて揚げる。中華屋さんなんかで臭みを感じておいしくないと思うことあるでしょ? あれは芯の味なんです。炒める時間が短いからそうなっちゃう。芯は時間をかけて火を加えるほど香ばしくおいしく食べられる。だから縁日なんかで焼きトウモロコシ買うとき友だちが焦げてないの買ってたら自分はいちばん焦げてるの買ったほうがいい。家でトウモロコシ焼いたり茹でたりするときも長めにやったほうがおいしく食べられますよ」
(海老はちいさいほうがいい)「うちの海老はちいさめなんです。人間でいうと中学高校ぐらい。なぜかっていうと大きい海老もいちばんいい時期に食べれば本当においしいんだけど、調子のいい時期が短い。人間でも大人は疲れていることが多いでしょ。でも中学高校ぐらいって毎日元気。だから海老はちいさいほうがいつでもおいしいのが食べられるんです。大きい海老がおいしく食べられるのって何日もないんです。この店はいつきても海老がおいしいなって思ってもらいたいから、だからちいさめのを使うんです。(これは本当の話でこの店の海老はぷりぷりして、えぐみがなくてみずみずしくさっぱりとしている。)そのかわり野菜は大きいのを入れてバランスをとるようにしている。そうするとお腹いっぱいにもなるし、さっき海老がちいさかったなっていうのを忘れるでしょ」
(一口目は塩で食べよ)「一口目はまず塩で食べてもらいたいんです。そうすると体調がわかるじゃないですか。塩だけでおいしく感じられたら『あ、きょうは調子がいいんだな』って。逆に舌に塩が当たってくるのを感じるようだったら体調が悪い。そういうときは塩で食べないで大根おろしをたっぷりつけて食べたかったりする。人間ってそういうのあるじゃないですか。うちの天ぷらはダシをたっぷりつけても吸い込んだりすることはないから。しっかりびしっと揚げてあると口のなかに入った途端に唾液で溶けるんです。そういうふうに揚げることができる。だからダシにつけたときも溶ける分はすぐ溶けるけど、タネとがっちり噛み合ってる部分は絶対溶けることはない。タネのタンパク質とかいろんな成分が衣のなかに染みて結びついて、それが衣の味になるんです」
(胃弱のひとが揚げる天ぷらはおいしい)「脂っぽい天ぷらって食べたくないじゃないですか。とくに年配の方なんかだんだん脂っこいものが食べられなくなってるから、『昔と同じようにたくさん食べられました』って言われるとすごくうれしいんです。わたしも胃腸が弱いんで脂っぽいものはダメですね」
脂っぽいものがダメな天ぷら屋さんがいるとはギャグみたいな話だが、でも繊細な感性とはある種の弱さではないだろうか。